どこかに、私たちのための場所があるはず。平和で静かな、息ができる場所が。《ウエストサイドストーリー》は、1949年にジェローム・ロビンスがバーンスタインらへ現代版『ロミオとジュリエット』の構想を持ちかけたことに始まる。1957年にブロードウェイで初演を迎え、その約3年後、演奏会用組曲として書かれたのが《シンフォニックダンス》である。舞台は、再開発で取り壊しが進む1950年代のNYスラム街。テリトリ……
悪魔の誘惑に満ちた踊りから一転、本演奏会は華麗なウィーンのワルツへと舞台を移す。「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世の三大ワルツに数えられる《皇帝円舞曲》である。本日のプログラムにおいて唯一、本場独墺クラシック音楽の空気をまとう本作は、19世紀末ウィーンの爛熟した文化を象徴する傑作として知られている。ヨハン・シュトラウス2世は、1825年、ウィーンに生まれた。父のヨハン・シュトラウス1世も、《ラデ……
農村の素朴な響きから一転、本演奏会は再び「悪魔」の世界へと回帰する。ハンガリーの巨匠フランツ・リストによる本作は、1861年に管弦楽曲《レーナウの「ファウスト」による2つのエピソード》の第2曲として作曲された。後にリスト自身の手によるピアノ独奏編曲版が《メフィスト・ワルツ第1番》として広く親しまれるようになり、管弦楽版もこの名称で呼ばれることが多い。本作は、リストと同じハンガリー出身の詩人ニコラウ……
雄鶏が鳴き、闇が退いて日常が動き出すと、本演奏会は中東欧の民族的色彩に満ちた農村の生活世界へと聴衆を誘う。ハンガリーの作曲家バルトークによる《ルーマニア民俗舞曲》である。バルトークは作曲家であると同時に、民謡蒐集家としても精力的に活動した人物である。民謡が民謡として成立するための根源を探究し、その特性を再構築することで純粋音楽の領域に到達することを目指していたのである。本作品は、1910年から19……
鮮やかなメキシコの響きに続き、本演奏会は一転して暗闇へと誘われる。フランスの作曲家サン=サーンスの代表作、交響詩《死の舞踏》である。「フランスのモーツァルト」と称されるほどの神童であったサン=サーンスは、リストが創始した「交響詩」というジャンルをフランス音楽界に積極的に取り入れた人物でもあった。本作は、フランスの詩人アンリ・カザリスの怪奇的な詩に着想を得た交響詩である。サン=サーンスはまず1872……
何かが我我の存在を邪魔している。だが我々は自分の存在に対して、大胆であることも、またそれに直面することもできないので、「祭り」に訴えるのである。それは我々を宙に打ち上げる。自分自身を燃やしてしまう陶酔、空中への発砲、花火なのだ。本演奏会の開幕を飾るのは、1994年にメキシコの作曲家マルケスが作曲したヒット作で、哀愁を帯びた旋律とダンス的性格とを併せ持つ。マルケスがダンソンという踊りに出会ったのは彼……
サンクトペテルブルクで育ったストラヴィンスキーは、少年期にグリンカの作品に触れて管弦楽に魅了された。やがて大学に進学し法学部に籍を置いたが、音楽への情熱を失わなかった。幸運にもリムスキー=コルサコフに師事する機会を得て、その薫陶は1908年に師が逝去するまで続いた。まもなく発表された管弦楽曲《花火》がロシア・バレエ団を率いるセルゲイ・ディアギレフの目に留まり、それが作曲家としての転機になった。同団……
ロシヤの民衆の最も重要で、最も根本的な精神的要求は-場所と対象を選ばぬ、飽くことを知らない不断の、苦悩の要求にほかならないと、わたしは考える。1870年代のロシアは、国民の苦悩が鮮明に浮かび上がった時代であった。知識階層の学生たちは、民衆の犠牲のうえに大学で学ぶことに罪の意識を抱き、「ヴ・ナロード(人民の中へ)」運動を展開し、農民に対する社会革命思想のプロパガンダに注力した。そこには、未来を切り開……
ロシアの国民的詩人アレクサンドル・プーシキンが1820年代に執筆した長編小説『エフゲニー・オネーギン』は、当時のロシア貴族社会の風俗を背景に、青年オネーギンと純真な田舎娘タチヤーナの悲恋を描いた作品である。詩の形式で書かれたこの小説は、友情や嫉妬、社会的虚飾といった普遍的なテーマを織り込みつつ、登場人物の感情の機微を細やかに描き出し、発表以来ロシア文学を代表する古典として高く評価されてきた。187……
この数日間、トランペットとティンパニの音が、頭のなかを鳴り続けています。ここから何が生まれるのか、私にはまだわかりません。上記の文は本解説の執筆にあたって参照した複数の文献で取り上げられている。1845年9月にメンデルスゾーンに宛てて書かれた手紙の一節は、本作品の最初のインスピレーションを示すと同時に、シューマン自身の精神状態を端的に表している。本演奏会で扱うメンデルスゾーンとシューマンは同時代に……