《アルプス交響曲》は、リヒャルト・シュトラウス自身の山行を題材としている。十五歳の彼は、アルプス北縁のドイツ最高峰、ツークシュピッツェに挑んだ。夜明け前に旅立ち、深い森を抜け、花咲く高原から氷河へと踏み入り、ついに山頂からの眺望に息を呑む。だが歓喜も束の間、雷雨に追われるように山を下った。胸に刻まれたその一日は、およそ四十年の時を経て、壮麗な管弦楽作品へと結実した。
ただし本作は、登山の回想録には留まらない。構想段階で《反キリスト、あるアルプス交響曲》という題が考えられていたように、山岳風景の描写を超えた精神的な陰影を宿している。シュトラウスが描いた一日を道標に、彼の生と創作を貫く長駆を辿りたい。
〈夜〉〜〈日の出〉〜〈登り道〉
古今東西、本格的な山行では、深夜のうちに麓を進み、夜明けとともに一挙に頂を目指し、日暮れまでに帰着する。リヒャルト少年の一日もまた、〈夜〉から始まった。
光を得ぬ世界、大地の裏で沈黙する太陽を、冒頭の下降音階が提示する。続くトロンボーンによる山の動機(譜例1)は、重く湿っている。ランプの灯りを頼りに歩く少年の前で、山は黒々とそびえながら、いまだ全貌を見せない。不安に駆られながらも一歩一歩進むうちに、響きは次第に高音域へと開かれ、厚みを増してゆく。空が白みはじめ、稜線の彼方に隠されていた光が漏れ出してくる。そしてついに、音楽は長調に転じる。
〈日の出〉では、冒頭の下降音階がイ長調の強奏へと姿を変え、太陽の輪郭を明快に描き出す。金管は朝の到来を高らかに告げ、弦楽器は山肌へ広がっていく光を力強く受け止める。闇に隠されていた峰々が姿を現し、世界が別の相貌を帯びる。
〈登り道〉に入ると、変ホ長調の登山の動機(譜例2)によって、音楽は力強く前進し始める。弦楽器と木管の旋律は、斜面を力強く踏みしめるようであり、金管は狩りを思わせる響きで若々しい勢いを与える。行く手には山腹の岩壁が厳然と聳えているが、覇気に満ちた歩みは止まることを知らない。
1864年、リヒャルト・シュトラウスはドイツ・ミュンヘンに生まれた。父フランツは宮廷歌劇場のホルン奏者であり、古典を重んじる保守的な教育を施した。とりわけモーツァルトの作品群はリヒャルトにとって規範であったが、ワーグナーの革新的な思想に触れたことを転機に、彼の作風は大きく変わっていく。古典的均整を保ちつつも、ワーグナー以後の新しい表現を追究し始めたのである。
その歩みは、1889年、《ドン・ファン》によって、強烈な日の出を迎えた。初演では喝采と罵倒が入り混じったとされるが、リヒャルト自身は自らの進む道に確信を抱いていた。彼は「多数の仲間から狂人扱いされていない芸術家など誰もいなかったことを十分に意識すれば、私は今や私が辿りたいと思う道を進みつつあると知って満足している」と記している。
若き作曲家は、いままさに山を登り始めたのである。
〈森に入る〉〜〈小川のほとりを歩く〉〜〈滝〉〜〈幻影〉〜〈花咲く草原〉〜〈牧場〉〜〈道に迷い、藪を通る〉
道中に現れたさまざまな風景が描き出される。
〈森に入る〉と、音楽はハ短調に転じ、トロンボーンとホルンの濃く暗い響きが、視界の開けぬ様を表す。弦はアルペジオで森の奥行きを支える一方、木管は鳥の囀りを思わせる。少年は小さな気配に耳を澄ませながら、畏れと好奇に駆られて進んでいく。
やがて水辺に出る。〈小川のほとりを歩く〉では、木管の細やかな動きや弦の繊細な音型が、岩間を縫う水のせせらぎを思わせる。眼前には〈滝〉が現れ、ハープやチェレスタの色彩が華やかにきらめく。細かい水飛沫で散乱する光が織りなす〈幻影〉は、思わず足を止める、刹那の美しい眺めである。光から音へ、印象派のような美観を帯びた珠玉の管弦楽法をお楽しみいただきたい。
高原に出ると視界が開け、アルプス中腹に広がる、明るく牧歌的な世界が立ち現れる。〈花咲く草原〉が甘美な安らぎを与え、〈牧場〉ではカウベルが遠くから聞こえてくる牛鈴を表す。ホルンによる豊かな展開部が続くが、やがて不安定さを増し、少年は〈道に迷い、藪を通る〉ことになる。だが勇ましい歩みは止まらない。再び山の動機が現れると、藪を抜け、いよいよ森林限界の先、クライマックスへと向かっていく。
次々と移り変わる風景のように、壮年期のリヒャルトの創作も多彩であった。シェイクスピアを題材にした《マクベス》、形而上の極致に迫る《死と変容》、奇人の諧謔が躍る《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、ニーチェの著作に霊感を得た《ツァラトゥストラはかく語りき》、夢想の騎士の哀歓を湛えた《ドン・キホーテ》、そして自身の姿を重ねた最後の交響詩《英雄の生涯》。彼は物語を管弦楽でなぞるだけでなく、題材の奥に潜む精神性までをも巧みに描き分けていった。聴き終えた者に、一冊の長編を読み終えたかのような余韻を残す作品群は、リヒャルトを交響詩の大家たらしめた。
〈氷河〉〜〈危険な瞬間〉〜〈頂上にて〉〜〈幻視〉
〈氷河〉へ至ると、鋭く硬い旋律が走り、本格的な登攀の緊張感を帯びる。〈危険な瞬間〉では、ファゴットの旋律が岩壁を表すなか、弦のピッツィカートは小石が転がり落ちる様を思わせる。楽器同士の掛け合いが、一歩間違えれば滑落しかねない切迫感を印象づける。
稜線に出ると、トロンボーンが〈頂上にて〉の旋律を朗々と鳴らす。音楽は開放感に包まれ、これまでの動機を回想しながら雄大さを増していく。シンバルの一撃とともに、太陽の動機がハ長調で堂々と現れる(譜例3)。ついに頂上に達したのだ。続く〈幻視〉では、視界が一気に開ける。眼下には湖が広がり、遠くにはアルプス連峰、さらに彼方にはバイエルンの大地が望まれる。煌びやかな金管の音色は、頂きから世界を見渡す高揚を訴えかける。眼前の景色が心の奥深くまで染み渡り、絶叫するかのような興奮となってどこまでも高く駆け上がっていく。原題は “Vision” であるが、音楽が示す精神的領域をも汲み取った「幻視」という訳出もまた見事である。
リヒャルトは交響詩の成功に安住せず、オペラへの挑戦も続けていった。その道筋には、妻パウリーネの存在も欠かせない。ソプラノ歌手だった彼女はしばしば気性の激しい人物として語られるが、リヒャルトにとって生涯の伴侶であり、声楽作品やオペラにおける女性像の源泉でもあった。
1905年に初演された《サロメ》は、聖書に由来する題材を扱いながら、その官能性、暴力性、不協和な響きによって、ヨーロッパに衝撃を与えた。続く《エレクトラ》では、凄惨な復讐劇の奥に蠢く感情を剥き出しにした。だが《ばらの騎士》においては一転して、オペラの伝統へと眼差しを向け、ウィーンの上流社会を舞台に、恋の喜びと痛み、時の残酷さを唄い上げた。前衛的な姿勢だけでは到達し得ない、成熟した劇場音楽であった。
気づけばリヒャルトは、交響詩とオペラの双方で当代屈指の作曲家としての地位を確立していた。長い稜線を越え、ついに自身の作曲家としての頂に立ったのである。
〈霧が立ちのぼる〉〜〈太陽がしだいに翳る〉〜〈エレジー〉〜〈嵐の前の静けさ〉〜〈雷雨と嵐、下山〉
本作は勝利の大団円では終わらない。〈霧が立ちのぼる〉では、音楽は下山へと向かう後半部に入る。ヘッケルホン(※本演奏会ではバスオーボエ)による変ロ短調の旋律が、視界が徐々に閉ざされていく様を描写する。続く〈太陽がしだいに翳る〉と相まって、音楽は次第に不穏な陰りを帯びていく。〈エレジー〉では、弦楽器が憂いに満ちた旋律(譜例4)を歌い、山頂の歓喜はすでに過去のものとなる。和声は明確な解決を避けるように揺れ、少年は不安に包まれていく。
〈嵐の前の静けさ〉では、オーボエの八分音符が、ぽつんと落ちる雨粒を思わせる。危険を察知したかのような鳥の囀りが挿入されると、やがてウィンドマシーンが風の強まりを伝える。弦のピッツィカートは次第に雨足を強め、激しい雷雨へと変わっていく。そして〈雷雨と嵐、下山〉が始まる。全奏による嵐の描写は凄まじい。オルガンが神の裁きかのごとく鳴り響く中、弦は半音階を激しく駆け下り、金管は雷のように割って入り、打楽器は大地を揺るがせる。少年が必死に下山する様は、オーボエによる登山の動機の反行形に重ねられる。ウィンドマシーンやサンダーマシーンまで用いた大がかりな音響は、自然の暴力を管弦楽にそのまま投影した。
ここで現実の山行にも少し触れておきたい。途中に挿入される勇壮なフレーズは、嵐に抗い、ふたたび歩き始め、やがて打ち勝つかのようにも響く。しかしそれは、いささか記憶の美化であったのかもしれない。リヒャルト本人の手記では、嵐に足止めされたことが記されており、現実の山は、音楽ほど英雄的には歩ませてくれなかったのである。
リヒャルトの人生においても、下山は長く厳しいものであった。
ドイツ帝国の高揚とともに青年期を過ごした彼にとって、第一次世界大戦は、理性と文化への楽観を大きく傷つける出来事であった。さらにその後のナチス・ドイツの時代に、リヒャルトは帝国音楽院総裁の地位に就き、体制との関わりを持った。一説には、息子の妻アリスがユダヤ系であり、ナチスの人種法のもとで孫たちを守ろうとしたためだと言われている。しかしその地位と行動は戦後、厳しい批判の対象となった。
総じて、彼の生きた時代には「善」の定義そのものが目まぐるしく揺れ動いた。本作の構想段階の題であった《反キリスト》は、ニーチェの「超人(Übermensch)」という思想に強く影響を受けている。現状の自分を試し、乗り越え、自らの意志で新しい価値を創造していく存在。嵐に打ち勝とうとする音楽の姿には、そうありたい、あるいはそうありたかったという願いが込められているのだと思わずにはいられない。
〈日没〉〜〈終結〉〜〈夜〉
嵐は過ぎ、ふたたび麓へと戻ってくる。
〈日没〉では、さきほどまで身を置いていた山壁が、西日に照らされている。〈エレジー〉が回想される中、頂からの景観も、嵐の中で強張った身体も、夕光の中へ静かに沈んでゆく。迎えた〈終結〉では、深い安らぎを湛えた旋律美が続く。一日の山行が、一つの物語として静かに心の奥へ収まっていく。
少年を麓へ返し、山は再び〈夜〉を迎える。光を得ぬ世界、大地の裏で沈黙する太陽。最後に現れる登山の動機の変奏は、朧げな登攀の記憶か、あるいは、これから山へ向かう者への呼びかけなのか。
晩年のリヒャルトは、自らを「過去の人間」であると語った。かつて新たな表現を追究し、未来を切り開いていった者も、最後には自身を歴史の側から眺めるようになる。事実上の遺作である《4つの最後の歌》では、死を前にした静けさと肯定感が、夕映えのような響きの中に溶け合っている。1949年、リヒャルト・シュトラウスはこの世を去った。
主観は薄れ、熱狂は静まり、かつて人々を突き動かし、時代を揺さぶった出来事でさえ、やがて歴史書の頁へと収まっていく。ツークシュピッツェは今や、山頂近くまでロープウェイで近づける山となり、リヒャルトを巻き込んだ時代の嵐もまた、過去のものになりつつある。それでも、残された音は、時を隔てた心の画布にふたたび山の姿を結ぶ。遠ざかった一日の光が、今ここに響くアルプスのうちに、息を呑むほど美しい眺望を映し出すことを願ってやまない。
(Vn. 橋床 亜伊瑠)
参考文献
- シュテファン・ケーラー(解説), 石川亮子(訳), 2005, 『リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲(オイレンブルク・スコア)』, 全音楽譜出版社, 東京都.
- 西尾洋(解説), 2012, 『R.シュトラウス アルプス交響曲 』, 日本楽譜出版社, 東京都.
- 岡田暁生, 2014, 『作曲家◎人と作品シリーズ リヒャルト・シュトラウス』, 音楽之友社, 東京都.
- 相原恭子, 2019, 『歩かずに楽しめる絶景 ドイツ最高峰ツークシュピッツェ』, 朝日新聞 (2026年7月17日閲覧, https://www.asahi.com/and/travel/article/15792755).
- 藤田健治, 1970, 『ニーチェ: その思想と実存の解明』, 中央公論新社, 東京都.
写真提供
Vn. 上原さら, Vc. 西脇理喜ジョセフ, Hr. 原口結衣, 運営 米倉宇大(五十音順)
